私は、1兆パラメータ級LLMの開発が不可能だとは考えていない。
しかし、それが“勝ち筋”だとも考えていない。
■パラメーター数至上主義は、もう意味を失いつつあります。
OpenAI、Anthropicは既にパラメーター数を公開しなくなった(意味がないから)
なぜ終わったのか
1. 実用性の壁
- 推論コスト、レイテンシ、エネルギー消費が現実的でない
2. 効率化技術の進化
- MoE(Mixture of Experts)で必要な部分だけ活性化
- 蒸留、量子化、プルーニングで小型化しても性能維持できる
3. アーキテクチャの革新
- Test-time computingで推論時に「考える時間」を与える方が効果的
- マルチモーダル統合、強化学習、検索拡張など、パラメーター以外の要素が重要
4. タスク特化の優位性
- 汎用巨大モデルより、特定ドメインの小型モデルの方が実用的
- 筆者の言う個人用AGIなど、「あなた専用」に最適化された小型の方が価値がある
■ 1兆パラメータモデルの開発には大きな壁があり、その人材は、世界で数十人規模と言われる。
1兆パラメータ(1Tクラス)のLLM開発は、単なるプログラミングやAIの知識だけでなく、「巨大な計算資源という暴れ馬を乗りこなす物理学的な直感」と「精密機械のようなエンジニアリング」の融合が求められる、現状の人材への壁、世界で起こる100億円ルクルートからもわかる。
1兆パラメータモデルの開発、どの様なスキルと経験が必要なのか
この領域で「全体バランスを取れる人材」に必要なスキルセットを、5つの壁に沿って分解・解説する。
(「知っている」、「理解しできる」、では全く精度がでない、”職人技的バランス”だから難しい)
1. トークナイザ設計:セマンティックと効率の最適化1Tモデルでは、わずかなトークナイズの非効率が数千万〜数億円規模になり得る計算コスト増大を招きます。言語学的洞察と圧縮効率: 多言語対応における語彙の偏りを防ぎ、モデルの「知識密度」を最大化する設計能力。未知語・低頻度語のロバスト性: 数学記号、コード、稀少言語が混在した際の、学習効率への悪影響を最小化する能力。
2. 学習安定化:損失関数の「爆発」を防ぐ職人芸1Tモデルは、学習中に突然Loss(損失)が跳ね上がる「Loss Spike」が最大の敵です。初期化アルゴリズムの深い理解: $1/\sqrt{d_{model}}$ のスケーリング則など、層が深くなっても勾配が消滅・爆発しないための初期値設定スキルなど、他にも学習率スケジュール、分散同期ズレ(特にPipeline + TP)、データバッチの異常(極端に長い文など)などなど。正規化(Normalization)の勘所: RMSNormやLayerNormをどこに配置し、どのタイミングで適用するかを、過去の失敗データから予見する経験値も、複合的。
3. 勾配ノイズ制御:超巨大バッチサイズの管理1Tクラスではバッチサイズを極限まで大きくしますが、大きすぎると学習が進まなくなります。Gradient Noise Scale (GNS) の分析: 「今、バッチサイズをさらに大きくしても学習効率が上がるか?」を数学的に判断する能力。オプティマイザの高度な調整: AdamWなどのハイパーパラメータ($\beta_1, \beta_2, \epsilon$)を、理論と経験に基づいて動的に調整する能力、GNSを理論的背景として理解し、実務では近似的指標として用いる事になる。
4. 分散学習破綻回避:数千枚のGPUを同期させる数千枚のGPU(H100等)を数ヶ月動かす際、ハードウェア故障や通信遅延は「必ず」発生します。3D並列化(Data, Pipeline, Tensor)の実装: 各並列手法のオーバーヘッドを計算し、ハードウェアの通信帯域を使い切るトポロジー設計能力。耐障害性(Fault Tolerance): 1台のGPUが故障した際、可能な限り短時間で再開できるインフラ制御スキルと設計。
5. 評価設計:ベンチマークの罠を見抜く「学習が終わったが、実は役に立たないモデルだった」という事態は1T開発では許されません。データ汚染(Data Contamination)の検知: 学習データにテスト問題が混じっていないかを統計的に排除する厳密さ。創発的能力(Emergent Abilities)の定点観測: 特定のパラメータ数を超えた時に現れる推論能力を、学習途中のチェックポイントから予測する先見性。
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求められる究極の素養:オーケストレーション能力について世界で数十人規模しかいないと言われる理由は、これらの要素が「トレードオフの関係」にあるからです。
「トークナイザを広げれば計算効率は落ちるが、表現力は上がる」「通信速度を優先すればモデルの分割に制約が出る」といった矛盾を、「物理的な制約(予算、時間、ハードウェア)」の中で解き明かす総監督(アーキテクト)としての判断力が、真の希少価値です。
1. 1Tモデル開発の「三種の神器」フレームワーク現在、世界で40人と言われるトップエンジニアが使いこなしている主要な道具立ては、主に以下の3つに集約されます。
A. NVIDIA Megatron-LM1Tモデル開発の「本命」です。特徴: テンソル並列(Tensor Parallelism)とパイプライン並列(Pipeline Parallelism)を組み合わせた「3D並列化」の原典。必須スキル: GPU内部の通信帯域(NVLink)や、サーバー間の通信(InfiniBand)の物理的な限界を理解し、「いかに通信待ち時間をゼロにするか」というスケジューリング能力。
B. Microsoft DeepSpeed計算リソースを極限まで節約するためのライブラリです。ZeRO (Zero Redundancy Optimizer): メモリを食う「オプティマイザの状態」を全GPUで分割保持する技術。必須スキル: 1Tモデルを学習させる際、GPUメモリ(H100の80GBなど)が1バイトでも溢れないよう、メモリプロファイリングを緻密に行う計算精度。
C. PyTorch FSDP (Fully Sharded Data Parallel)Meta(Facebook)が主導する、より汎用的な分散学習手法。特徴: 1T規模でもコードの可読性を保ちつつ、スケーリングさせやすい。必須スキル: 抽象化されたレイヤーの下で、実際にどのような「通信(All-Gather等)」が発生しているかを脳内で視覚化できる能力。
2. 「限られた人材」へ至るキャリアパス1Tモデルの全体設計ができる人材は、多くの場合、以下の3つの領域を「渡り歩いて」いる。
ステップ1:分散システムのガチ勢(インフラ層)まずはAIではなく、数千台のサーバーを並列で動かす分散コンピューティングの専門家であること。
経験: スパコン(富岳など)の開発、あるいはGoogle/AWS等の大規模バックエンド構築。
能力: 「ハードウェアは必ず壊れる」という前提で、システムの冗長性と通信効率を設計する。
ステップ2:深層学習の数理的理解(理論層)次に、トランスフォーマー構造の数理的な弱点を知り尽くすこと。経験: 数億〜数十億パラメータのモデルをゼロから実装・学習し、独自の改善(新しいアテンション機構など)を試す。能力: スケーリング則(Scaling Laws)を理解し、「10倍の予算を投じれば、どの程度賢くなるか」を事前に計算できる。
ステップ3:LLM特有の「癖」の克服(ドメイン層)最後に、言語特有の複雑さを統合すること。経験: トークナイザの設計、データのクリーニング、アライメント(RLHF)の実践。能力: 1Tモデルが吐き出す出力を見て、「これは学習データの質が悪いのか、それとも勾配ノイズが原因か」を直感的に切り分けられる。
3. 今、最も価値が高い「複合スキル」もしあなたがこの領域を目指す、あるいはこうした人材を探している場合、以下の「境界線をまたぐ能力」が鍵になります。
境界線:必要とされる判断
物理 vs 論理:ネットワークの遅延を、ソフトウェアのアルゴリズムで隠蔽できるか?
数学 vs 実装:理論上のLoss曲線と、実際の学習ログのズレからバグを見抜けるか?
コスト vs 精度:あと1億円かけて学習を続けるべきか、ここで止めるべきかの判断。
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このごく限られた人材の多くは、OpenAI、DeepMind、Meta、そして最近ではMistral AIやAnthropicといった企業のコアメンバーです。
「1兆パラメータ級LLMに勝ち目はない」という前置き
私は、1兆パラメータ級LLMの開発が不可能だとは考えていない。
しかし、それが“勝ち筋”だとも考えていない。
3つの現実制約を提示します。
制約①:物理コストの非線形増大
- パラメータ × トークン × 通信
- → 知能は線形に伸びない
- → 資本効率は指数的に悪化
👉 「5つの壁」が、ここで効く
制約②:汎用性の呪い
- 言語・コード・画像・推論を全部やろうとすると
- どのドメインにも最適化できない
👉 1Tは「万能」ではなく「平均化された知能」
制約③:物理世界との断絶
- LLMは本質的に
- トークン列
- 静的コーパス
- 時間連続・ノイズ・制御系とは相性が悪い
👉 「Physical AI」への橋を架ける
では、どこを目指すべきか
勝ち筋は「知能の総量」ではない
❌ 目指してはいけないもの
- Dense 1T
- 汎用ChatGPT対抗
- 英語ベンチマーク競争
✅ 目指すべき3つの方向性
① 小さく、だが“物理的に接地した知能”
キーワード
- Physical AI
- Embodied AI
- Control-aware Models
具体像
- センサー → 状態推定 → 行動生成
- 時系列・ノイズ・遅延を前提とした推論
なぜ1兆パラメータ級LLMが不要か
- 必要なのは:
- 即応性
- 安定性
- 説明可能性
- 大規模LLMはむしろ遅い・不安定
② MoE + Domain Expert 化(知能の分業)
発想の転換
- 1つの賢い脳 → ❌
- 賢い専門家の集合体 → ✅
構成
- Router:小型・高速
- Experts:
- 法規
- 制御
- 設計
- 異常検知
- 推論時は 必要なExpertだけ起動
強み
- 推論コストは小
- 知識は深い
- 継続学習が容易
👉 「1兆パラメータ級LLM級知能」を“構造”で実現する
③ モデル単体ではなく「知能システム」を売る
視点の転換
- ❌「このモデルは何Bです」
- ✅「このシステムは何ができるか」
中身
- 小〜中規模モデル
- 状態管理(SSM / Mamba)
- ルール・物理制約
- 人間の介入点(Human-in-the-loop)
評価軸
- ベンチマーク精度 ❌
- 現場KPI(停止率、誤動作率、回復時間) ✅
👉 1兆パラメータ級LLMは“部品”であって“製品”ではない
提言
我々が目指すのは、
1兆パラメータ級LLMモデルに“勝つ”ことではなく、
1兆パラメータ級LLMモデルが立てない土俵で、
確実に価値を生み出すことである。
1兆パラメータ級LLMの開発は、
人類の計算工学の到達点の一つである。
しかし、それは“知能の完成形”ではない。
真に価値があるのは、
制約された物理世界の中で、
限られた計算資源を使い、
目的を達成し続ける知能である。
<付録>
― 巨大パラメータ幻想を超えて、現場で勝つ知能へ ―
近年、生成AIの性能指標として「パラメータ数」が過度に強調されてきた。特に「1兆パラメータ級モデル」の開発は、国家プロジェクトや産業政策の象徴として語られることが多い。しかし、本ホワイトペーパーの立場は明確である。
今から1兆パラメータ級の汎用言語モデルを構築することは、技術的にも事業的にも勝ち筋ではない。
理由は単純である。
- パラメータ数はもはや性能の本質的指標ではない
- 世界最先端は「表現密度」「トークン効率」「推論効率」に移行している
- 巨大モデルはクラウド前提・高コスト・高遅延であり、現場適用に向かない
- 何より、日本はこの5年間で世界標準となる基盤モデルを生み出せていない
仮に十分な計算資源と予算があったとしても、設計原理を生み出す中核人材の層が存在しなければ、巨大モデルは完成しない。
一方で、世界のAI活用は明確に次の段階へ進んでいる。
言語を扱うAIから、現実世界を理解し、制御するAIへ
これが本ホワイトペーパーで提案する「日本版 Physical AI」の出発点である。

日本版 Physical AI リファレンスアーキテクチャ
― 巨大パラメータ幻想を超えて、現場で勝つ知能へ ―
なぜ「1兆パラメータ」は解ではないのか
近年、生成AIの性能指標として「パラメータ数」が過度に強調されてきた。特に「1兆パラメータ級モデル」の開発は、国家プロジェクトや産業政策の象徴として語られることが多い。しかし、本ホワイトペーパーの立場は明確である。
今から1兆パラメータ級の汎用言語モデルを構築することは、技術的にも事業的にも勝ち筋ではない。
理由は単純である。
- パラメータ数はもはや性能の本質的指標ではない
- 世界最先端は「表現密度」「トークン効率」「推論効率」に移行している
- 巨大モデルはクラウド前提・高コスト・高遅延であり、現場適用に向かない
- 何より、日本はこの5年間で世界標準となる基盤モデルを生み出せていない
仮に十分な計算資源と予算があったとしても、設計原理を生み出す中核人材の層が存在しなければ、巨大モデルは完成しない。
一方で、世界のAI活用は明確に次の段階へ進んでいる。
言語を扱うAIから、現実世界を理解し、制御するAIへ
これが本ホワイトペーパーで提案する「日本版 Physical AI」の出発点である。
1. Physical AIとは何か
Physical AIとは、
- 言語生成を主目的とせず
- 現実世界の「状態」を理解し
- 予測・計画・制御をリアルタイムで行う
実体(ロボット・機械・設備)と不可分な知能である。
重要なのは、Physical AIにおいて
- 知能はクラウドに集中しない
- 判断はエッジで完結する
- 安全性はAIより優先される
という設計原則である。
2. 日本がPhysical AIで優位に立てる理由
日本は、汎用ソフトウェアやWebサービスでは後塵を拝してきた。一方で、以下の分野では依然として世界最高水準の資産を有している。
- 多軸ロボット・サーボ制御
- 精密機械・FA(Factory Automation)
- 農機・建機
- センサー融合
- 安全設計・品質保証
これらはすべて、Physical AIの中核要素である。
米国はソフトウェア主導、中国はスケール主導であるのに対し、日本は
「実装」「制御」「安全」を前提とした知能設計
を得意とする。
この特性は、Physical AI時代において決定的な差別化要因となる。
3. 日本版 Physical AI リファレンスアーキテクチャ
日本版 Physical AIは、以下の思想に基づいて設計される。
- 知能はエッジに置く
- 言語よりも状態を重視する
- 巨大化よりも高密度化
- AIは提案し、安全はルールが守る
3.1 全体構成
- Physical System(ロボット・機械)
- Edge Physical AI Box(主役)
- Cloud / Offline Learning(補助)
クラウドは学習と改善に限定され、リアルタイム判断は行わない。
4. Edge Physical AI Box 内部構成
4.1 Perception Layer(知覚)
カメラ、LiDAR、IMU、GNSS、エンコーダ等から取得した情報を統合し、
- 物体
- 自己位置
- 周辺環境
を数値状態ベクトルとして表現する。
言語化は行わない。
4.2 World Model / State Space Model
本アーキテクチャの中核である。
- SSM(State Space Model)
- Mamba / S4 系
- Kalman Filter 等の物理モデル
を組み合わせ、
- 過去から現在
- 現在から近未来
を連続的に予測する。
Transformerのような離散的注意機構ではなく、連続時間の状態遷移を扱う。
4.3 Planning / Policy Layer
- 軽量LLM(数B〜十数B)
- Policy Network(RL / MPC)
LLMは人間の指示を「目標状態」に変換する補助役であり、
最終判断は数値モデルが担う。
4.4 Control / Real-Time Layer
- 高周波制御(1kHz級)
- PID / MPC
- Safety認証済RTOS
この層に生成AIは介入しない。
4.5 Safety & Rule Layer
- 物理制約
- 禁止動作
- フェイルセーフ
AIの出力が制約を逸脱した場合、即座に上書きされる。
4.6 Telemetry / Logging
- 状態遷移
- 失敗事例
- 人間介入
すべてが次世代モデルの学習資産となる。
5. クラウドの役割は(限定的)
クラウドは以下に限定される。
- 大規模学習
- シミュレーション
- フリート分析
- モデル更新
常時接続は前提としない。
6. 適用分野と事業性
- 農業(草刈・散布・収穫)
- 工場(検査・組立・保全)
- 建機・インフラ点検
- 災害対応
共通点は、
- リアルタイム性
- 安全性
- 現場完結
が必須である点である。
7. 結論:日本が進むべきAIの道
これからの競争は、
- 誰が一番大きなモデルを持つか
ではなく、
- 誰が一番「現場で役に立つ知能」を実装できるか
である。
巨大な知能より、現場で賢い知能を。
日本版 Physical AI は、そのための現実的かつ世界水準の解である。
(本資料は公開・議論・実装を前提としたリファレンスであり、特定企業・組織に依存しない。)


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